現場に向かうためにいつもより早めに目覚める朝。
お気楽極楽な自営業の特権はすべての時間を自分の好きに使える事にある。
もちろんお客さんの都合に合わせながらもではあるが、
実際にどうしても朝の七時八時から始めなければいけない現場なぞそうは
無いもので、なぜ世の中の大半が定時を設けているかといえばそうせねば集団を
束ねて動かせないからだろう。その理から外れた我々フリーランスは勢い緩くもなるがそれでは仕事はままならず顧客の信用も失ってしまう。世の中はバランスで成り立っているのだ。
まだ明けきらぬ薄暗がりの中、吐く息も白く俺は自転車を駅へと走らせる。
できれば家の近くの現場が望ましかったのだが、すぐに入れる案件が新木場にしかなかった。内容的には「倉庫内整理、機材メンテナンス等」とあった。
俺たち傭兵は大元の派遣会社が発信する案件情報にアクセスし、自分の好みの案件を探し出しエントリーする。そしてまだ席が空いていればその時点でマッチングし契約完了となり指定の日時に指定の場所へと直行する。俺が所属する派遣会社は契約形態を三つに分けており、俺は一番縛りが無い代わりに何の保障も無く紹介案件も限られるC契約を派遣会社と交わしていた。
六時過ぎとはいえすでに込み始めている西部池袋線に乗り込み、有楽町線に乗り入れていく路線の最終駅新木場へ。海辺に近いエリアはいつ行ってもある種の違和感を感じさせる。人が住む場所ではない、狭間とも言えるような何か。これが田舎の海辺などになるとまた違ってみえるのは、都会の海辺は埋立地だからだろうか。新木場に着いてエスカレーターを上がると巨大な木材の梁がオブジェとして飾ってある。なるほどここは江戸の木材を扱う町なのだな。
駅から少し歩いたところに目的地はあった。もう日はすっかり上がっているが未だ早朝の空気は残っている。次の曲がり角を曲がれば現場だ、俺が少し脚を早めて歩き出した時、突然目の前に何かが飛び出してきた。
カート!?マリオカート!?どうやら現場の近くが例の外国人観光客に人気の
アトラクションを提供している基地のようで、堀の深い顔した外国人がドンキで売ってそうな着グルミを着てカートの運転レクチャーを受けている。それを尻目に俺は現場に指定されている倉庫へと向かった。
静まり返る倉庫内には人気もなく照明も点いていない。「おはようございます!どなたかいませんか?」声をかけると奥からタオルを頭に巻いた男が出てきた。「Mの人ですか?」「そうです。よろしくお願いします」「ああ、おねしゃす」
薄暗がりの中で相手の顔はよく見えないが、俺は懐かしい臭いを感じていた。俺たち傭兵は大別して二つのタイプに分かれる。一つの場所に留まり巣を作るかそれとも常に流れていくか。それぞれの事情やキャラによってそれは変わっていくが、ゆえに新顔に対しては大抵初めは距離を取る者が多い。ベテランの職長になるとその辺りも上手く取り回す者もいるが、二度とは会わないかも知れない流れ者に使う気は持ち合わせていない輩がほとんどだ。またそれを好む奴もいればムキになって反発する奴もいる、ようは群れにフラッと寄ってきた野良犬を品定めしている、そんな空気をタオルの男は漂わせていた。