グランカスタマ⑤

正月の凍てついた夜の歌舞伎町。

俺は歌舞伎町の正面から左に回り込んでジョグを止める場所を探し回った。
トー横を原付押して突っ切り裏手へ、
交番でグランカスタマの場所を聞いた。

「グランカスタマってどこにありますか?」
「え?そこだよ?」

交番のお回りは半ばあきれ顔で応えた。

俺は気恥ずかしくなりつつ原付を押してグランカスタマの前で立ち止まった。
とにかくまずはここでしばらく耐えるしかない。
いつまで、どこまで。
それさえ分からないがとにかく今あるわずかな銭で凍死しない事だけを目指して。

背中には最低限の耐寒装備があるが、
しかし俺は気がついた、だからと言って容易く野宿できる場所は新宿には無い。
歌舞伎町にたどり着く前に街をうろつき下見したが、
めぼしい場所にはすでに先住民がいる。
そらそうだ、居座れる場所があるならそこにはすでに誰かがいる。

俺は野宿は諦めてとりあえずどこかに宿を取ることを選んだ。
そしてやはりそこは歌舞伎町となった分けだ。

とりあえず人目につかない街陰にジョグを停め、
俺は歌舞伎町に降り立った。
懐かしい、青春の最後を過ごした街。

トー横キッズが荒らしまわり、
東京の中でも随一の異様を称える街となった歌舞伎町。
今も昔も背中に油断ができないのは変わりなく、
人は若返り目に見える様は随分変わった。

とにかく、まずは宿を取る。
オリバーツリーのLife Goes Onが鳴りび響くホストビルを横目にグランカスタマに入る。入口横にはローソンがあり、これはおそらく持ち込みが可なのでライフラインとなるのだろう。謎の安っぽい籐でできたブランコベンチにこれまた安っぽい白いコートを着たオルチョンな若い女子がケタケタ笑いながら座ってる。受付に並ぶ客は様々で、金があるんだか無いんだかレストなのかステイなのか分からない、生気があるのか無いのか分からないそんな姿。そこに紛れてチェックインするも、次々やってくるレシート持ったステイ客が優先的に捌かれていきまた部屋に戻っていき新規客は後回しになる。この一事を持ってもしてもステイ客が多い事を教えてくれる。

何人か待たされてやっと俺の番が来た。

「いらっしゃいませ、こちら初めてのご利用でしょうか?」

口馴れたスクリプトが出迎える。

「はい、初めてです」
「では身分証明証を拝見できますか?会員登録が必要になります」

見た目は貧しく清潔な若者。故に丁寧なスクリプトが引き立つ。
客として来る派手で怪しく、この世の春を味わう同年代に紛れる陰キャ。
時に年老いた怪しく、出所不明な連中を佃煮にするほど相手してきたのだろう。
ハローワークの窓口派遣社員と同じような目をしている。

「お時間どうしますか?」
「ああ、12時間、朝まで」
「ナイトパックですね、それではオプションいかがしますか?」
「なにがあるの?」
「タオルとブランケットは無料です」
「じゃあそれで」

こっちは初めてだから何も分からない。だから言われるままに。
いうてもここは鍵付きネカフェ、そんなもんだろ。
そう思っていたがどうも勝手が違う。

俺はオプションを受け取って入口近くのエレベーターに向かった。
そこから見える壁に椿かダリアか何かが描いてある。
ベーター横のドリンクの自販機の前に女が一人立っている。
キリっとの

キリっとしたボブに大きい花柄ニットの女。

女といっても俺からしてみれば親子ほど年も違うだろうが、
色気が噴出している。こんなのが一人でここに来るのか。
手には大荷物を持っている、恐らくステイ客だ。

余計な視線は野暮というもの。
俺は歳の割にはたっぷりとした肉置きから顔をグイッと背け、
エレベーターを待ちわびる顔を作った。

そしてようやく扉が開きエレベーターに乗り込んだ。
閉まりかける扉を押し分けて、さっきの花柄ボブが乗り込んできた。
手に持ったドリンクが少しこぼれて、

「あ、ごめんなさい」

と歌舞伎町に似つかわしくない声で遠慮をした。
俺は無言で扉を制して花柄ボブを迎え入れ、
「どこまで?」と聞こうとしたが彼女はサッと3階のボタンを押した。
油圧式かと思うほどにレスポンスの悪いエレベータの中で、
匂い立つ牡丹柄のニットに目が釘付けになりならが、
無言のひと時に息が詰まる、いま大きく息をしたらきっと。

彼女は3階で降りて、俺は4階で降りた。

グランカスタマの魔性が俺を出迎えた。

そんな気がした。