時間は少し遡り。
高校二年の夏休みの事。
おれは退屈していた。
うだるような暑さの中、誰に見せるでもないが散髪に出かけた。
そこは例のピンクに髪を染めた散髪屋。
「おう、今日はどうする?」
「せやなぁ、暇やしモヒカンにでもするかなぁ」
「おう、分かった」
ほんまにモヒカンに。
疑問も質問も何もなくザックリ。
ドキドキしたなぁ。
そして家に帰る。
二階に上がり居間にいる親父と顔を合わす。
「はぁ!?お前なんじゃそれは!!!!!」
親父は大工。
当時はまだ40代で現役バリバリのムキムキの職人である。
昔気質で小僧の時は親方から厳しく仕込まれ、
仕事の所作に些細な粗相があろうものなら金尺で手の甲をしばかれるような時代のゴリゴリのガチガチの職人である。
俺のモヒカン頭を見るなり猛然と突進してきて、
襟首をつかみ上げて壁に叩きつけた。
当時の俺はすでに身長は180cmを越えており親父よりもデカかった。
それがリカちゃん人形のように吹っ飛んだ。
「なにが不満なんじゃわりゃあああああ!!!!」
いや、不満とか一切無いし単にネタなんですが。
とも説明できず猛烈な勢いで涙目土下座して速攻で丸坊主にした想い出。
仕事ばかりで俺ともろくに話すこともなかった当時の親父にしてみれば、
俺がグレたくらいに思ったんだろう。とはいえ小学校の時からいたずらのノリで、それとは知らずに車上荒らしとか賽銭泥棒とかを近所の悪童と一緒にしていた俺を見てきた親父にしてみればついにヤバい所まできてしまったと思ったのだろう。今になって振り返れば分からないでもない話だ。守口門真ブルーズ。
ちなみに俺の実家は美容室でおかんは美容師なので髪型の事では何一つああだこうだいう事は無かった。むしろ仕事の甘さを指摘してくるくらいだ。しかし、頼んでも俺の頭は触ってくれない。理由は「タダで仕事はしたくない」との事。むしろ金遣るから他所に行けと言われる始末である。
そんな経緯があり、俺は親父を警戒してその日は例の尾崎の元に避難することにした。尾崎はすっかり大学生になっており、剣道部の彼女の下宿にしけ込み連日よろしくやっていた。そこに転がり込んでそんな経緯を話、高2の夏休み明けの坊主頭の理由などを話しながら次の日は阿部野橋のポールスミスに出かけた。
阿部野橋のポールスミスは俺と尾崎の腐れ縁である長谷川の贔屓している店で、長谷川は高校生でありながらポールスミスから上客として季節ごとに直接便りが届くくらいの着道楽だった。それを自分のバイト代だけで賄い、長谷川の家に遊びに行くとあいつはポールスミスのド派手なパジャマに着替えて過ごしていたりした。特に裕福ではなくむしろ家計は大変だった母子家庭で、家も古い長屋だったが一つも卑屈なところもなく、不登校児であったが存在感がとにかくデカくて無暗に才能にあふれる男だ。やることなすこと規格外であり、そこに尾崎は惚れ込んでおり足しげく長谷川の元に通っていた。
俺はといえば例によって例の如くなんでか知らんがそんな長谷川とも良いも悪くもなく親交があり、尾崎に誘われるままに長谷川の地元に遊びに行っていた。ようは社交的な尾崎がいろいろな人間とのハブとなっていたんだな。そしてそんな中で俺も自然にポールスミスに通うようになり、大学の入学式のスーツはそこで買う事にしたのだ。
ドピンクになった俺の頭を見て、ジョージハリスン似の当時の阿倍野ポールスミスの店長がチョイスしてくれたのはグレーのスーツ。ゆったりしているが仕立ての良い、袖を通した時の着心地の良さに驚いた事を今でも覚えている。そして合わせる靴はプレーントゥが良いよとアドバイスしてくれたが俺は自分好みの紐付きチャッカーブーツを選んだ。
いよいよデビュー戦は近づいてきていた。