タオルを頭に巻いた男。案件情報に名前はタケタニとあった。
眠いのかだるいのか、こちらを一切見ることなく倉庫内をあちこちと動き回って整然と並ぶ資材が入った籠車をチェックしている。こちらもまだ様子見の段階だ。下手に手を出せばそこからドンパチの火種が生まれかねない。始業まで5分ほど間があるので周囲を警戒しつつ伺う。
そのうちにずるずると人が集まりだし、最後に見るからに横柄な態度の男が現れた。その男はホワイトボードに手書きの札を貼り付けながらブツブツ何やらつぶやいている。
「ねぇ、タケタニさんその人に2番から5番のメンテやらしといて、籠車の整理
終わってからでいいから、その後はトラック捌くときだけ声かけて、任す」
非常に早口で次々と指示を飛ばして来る、俺には何のことだかさっぱり理解できない。タケタニはそれを理解しているようで軽くうなづきながら手のひらに指で何かを書いていた。
「じゃあいきましょうか、ついて来て下さい」
先ほどとは別人のような顔と声でタケタニが俺に向き合った。スイッチが入ったのだろうか、ようやくこちらを人間として認識したかのような豹変振りである。別段タケタニのような傭兵が珍しいわけではない、派遣現場は言わば普通に会社勤めができない人間たちが気楽に生きていくための手段である。最低限のマナーとルールを守るだけで、余計な人間関係や責任から開放されたある種のセーフゾーンだ。世間から見ればいわゆる「変わり者」だったりもする。そして報酬は最速で当日手にすることもできるし、健康保険が適用される会社もある。本業を持ちつつ空いた時間を回すことでそれなりの収入を得ることも可能だ。ただしそれは本人のスキルとマネージメント能力次第ではあるが。そういった自由人と己の腕っ節で生きている連中が渾然一体となりつつ、一般的な世間とはまた違うゆるーく生きてる人々のクラスターが構成されているのだ。
むき出しの鉄骨と大波スレート、厚手のテント生地で構成された倉庫内をうろうろしつつ、どこかネズミを思わせるというか、なんとなく霊長類最強女子に似ている感じもするタケタニがテキパキと今日のミッションについて説明してくれた。要はこの倉庫はイベントなどで使う機材をレンタルしている会社の倉庫であり、ここに待機している機材を磨いたり簡単な修理をしたり、イベント会場から返却されてきた機材をチェックしたり倉庫内を整理したりというのが主な作業内容となるのだと。午前中は各イベント会場から返却されてきた機材がなだれ込み、その逆に空いているトラックに前日に用意しておいた機材を積み込んだりしながら合間合間にメンテナンス業務を行う。
タケタニに倉庫内を案内されつつ周囲を観察する。どうやらここには三種の陣営が配置されているようだ。まずは俺が所属する「M」、そしてイベント系に強いと言われている「U」という派遣会社、そしてそもそもこの倉庫を運営している雇い主の会社という構成だ。M陣営は俺たちの様なBC契約のフリーランスとそれを管理するA契約(社員)が常駐しているようだ、初日の今日は余計な事は聞かずに観察することで倉庫内の人間関係や稼動状況を把握することに努める。複数陣営が混在しているということはそこに何らかのパワーバランスが存在し、それぞれが背負っている看板によって階層が存在することも考えられる。迂闊なことはできない。
何より今の目的は傭兵家業のルーティン化である。仕事内容がハードであるかどうか、自分のスキルでどの程度こなせて継続性がもてるかどうかの見極めをつけていかねばならない。自宅からのアクセス並びに通勤時間、交通費に諸経費、仕事の内容による肉体への疲労度、人間関係から受けるストレス強度、様々な観点から現場を評価しいかに自分の望む形に最適化していくか、そのための立ち居振る舞いとベストではなくベターな現場選定が今現在求められている最優先事項である。
東京の果て、潮に紛れて木材とガソリンの匂いが流れてくる倉庫の薄暗がりの中、俺の新たな戦いが幕を開けた。