2001年1月2日早朝
大阪富田林の山のふもとに立っている古びた学生寮。建物自体は倉庫として登録されていると噂されている老舗の学生寮である幸和寮。その一室に男は眠っている。部屋の壁天井、それだけでなくテーブルも冷蔵庫も電話でさえもみなエメラルドグリーンに塗られた四畳半の部屋。壁には巨大なモーニング娘。とボブ・マーリーのポスターが並んで貼ってあり、部屋の色見も併せて一種異様な空間を形作っている。
狭い部屋の三分の一ほどを占めるベッドの上で男の寝息は白く煙っている。粗末な部屋の壁はコンクリートブロックを積み上げてモルタルで仕上げただけの安普請で真冬の朝に凍り付いていて、故にろくな暖房も持たない宿主の寝息すら白く染め上げるのだ。はめ込み式のクーラーをねじ込んである窓からは朝の光が差し込み、裏山からは鳥のさえずりが聞こえてくる。男はうっすらと覚醒しながら自分の息の白さとエメラルドグリーンの天井を見つめながら、また生きて朝を迎えてしまったのだなとぼんやり考えてもう一度目を閉じた。
肩口に沁みこんでくる寒さを振り払うように布団に包まり瞬きの間に深い眠りへと落ち込んでいこうとしたその時、やにわにけたたましく電話のベルが鳴り響く。男は体を少し飛び上がらせて電話に手を伸ばし、二度寝の淵から脳を無理やり引っ張り上げて目を白黒させながら携帯のディスプレイを見た。男の兄貴分からの電話だった。
「もしもし、どしたん」
「寝てたか?」
「うん、今起きた」
「そうか、あんな、新太郎が死んだで」
寒さと眠りの余韻に痺れた頭の中に思いがけない言葉が刺さる。
男はただ、目の前の現実を掴むこともできずに得体のしれない感覚の中に溺れ始めた。