グランカスタマ①

俺に残された物。

キャンプ道具と原付。

とりあえず家は出ていくが、荷物をすぐにすべて持ち出せはしない。
ちょこちょこ帰ってきては何処かへ持ち出すような事になるだろう。
そう思うと大層な、ずいぶん大層な遺言と言えるような手紙を子供たちに残してきたが、それもあながち間違いでも無いような気がしていた。

澄み切った空の下をYAMAHAのジョグに乗り走り出した。
年明け、家を出る日にとある打ち合わせを東久留米で入れていた。
ケツの蒼いガキじゃあるまいし、いい歳したおっさんが下向いて泣き言いってうつむいていたらそれこそ死神が寄ってくる。
今やる事、やりたい事、やらねばならない事、それはずっと動き続けている。

俺が嫁さんに家を追い出されてようと、金が無かろうと、体重が104kgあろうと、血圧が↑200↓120だろうと、俺が誰かが、待っている。

打ち合わせは昼一からだったからそれまでは時間がある。
さて、どうしたものか。俺は関越道の下でふと考えて、そしてまた走り出した。

そうだ、風呂に入ろう。

身を切るような寒さの中走ったことのない道を走り、
東久留米のスパジャポへ。

うわさに聞いていた人気のスーパー銭湯だ。噂に違わず正月二日なのに並んでいる。30分ほど並んでようやく入れた。岩盤浴も漫画もある盛りだくさんの施設だったが金をケチって岩盤浴はオミットした。足を延ばして風呂に入り、これから始まる2023年にあれこれと思いを馳せる。

正直言って、まさかこんな2023年を迎えるとは思ってもみなかった。風呂に入りながら、上がって小汗かきながら水飲みながら、どうやって生き延びるか、比喩ではなくそれを脳みそ絞って考えて疲れ果てて少し眠る。どこからどう来たのかよく分からない奴らが溜まるリラックススペースで、リラックスできない直近の未来から目を逸らすように、だけれども溶けるように眠る。

時間が来て湯冷めしないように着込んでまた走り出す。駅前に着いて飯でも食おうかと思ったが流石に正月の東久留米はほとんど閉まっている。怪しい中華屋が開いていたが中華という気分でもなく、魚系の居酒屋がやっていたから割高のから揚げ定食を食って東久留米の駅前をうろついてドトールにしけ込みコーヒーをすすりながら絵描きを待つ。

去年から取り組んでいる絵本の制作会議をぶち込んで、歳初めから幸先良し。
打ち合わせを終えていよいよ行き場がなくなった。

どこに行こう、もう、帰る場所は無い。

突然耐え難い現実が肩に手を回してきた。あまりに晴れた空の下、俺はもう帰る家が無いのだなと、思い知った。

とにかく走り出した。職場は都庁前、ならとにかく目白通り目指して走ろう。
仕事のシフトは明後日から、今向かっても何もない。でもとりあえず走ろう。
ジョグよ、俺に残された最後の内燃機関。水冷・4ストローク・SOHC・2バルブ
単気筒総排気量48cm3に身長186cm体重104kgを乗せて走る。
走り出し全開に開けたアクセルはそれでも少しフロントタイアを跳ね上げる。
流石やるじゃねえか。スピードが乗ればエアフィルターの音が澄んで切れる。
目白通りを走って緩やかに南へ、そうすればそこは懐かしい落合南長崎。
俺たち家族がみな幼い頃を過ごした街。何もかも懐かしい故郷。

ああそうか、奴らなら今の俺を受け入れてくれるだろう。
江古田辺りで駅前に寄り道して電話をかけた。

「明けましておめでとう。今から行ってもいいか?」
「ええ?なんも食いもんないしノブはめんどくさがってるよ」
「まじか、そらあかんな、ならまた別の日にするわ」
「嘘だよ、きなよ、何にもないけど酒だけ買っておいで」

ああ、少し、止まり木で休ませくれ、頼むよ。